山里のまど

2019年4月より次女が親元離れて徳島の山奥で山村留学をしています。山村留学のことや山の暮らしについて書いてゆきます。

山村留学のきっかけ(母の視点)

父ちゃん母ちゃんそれぞれ別々、同じお題で書いてしまっていました。

起こったことが同じでも、見方がそれぞれ違って面白いかと思うので両方掲載します。

「山村留学のきっかけ(父の視点)」はこちら。

 

母です。

山村留学のほんとの最初の最初のきっかけは、私と2人でいるとき唐突に次女のつむちゃんがつぶやいた「田舎に住みたいなあ」という一言でした。

彼女が2歳まで住んでいたのは東京23区の端っこの、便利だけどとても人口が多く、幹線道路に囲まれてちょっと空気の悪い場所。それと比べるといま住んでいる関西の都市郊外は、海が近くて、住宅地の合間に畑や田んぼ、ため池も残っていて、空が広くそれなりに緑もある場所です。

「ここもまあまあ田舎だよ」と私が言うと「そういうんじゃないの、もっと田舎」と、否定されました。後日よく話を聞いてみると、彼女の好きな物語の本に出てくるような、たとえば「魔女の宅急便」のキキが育った森の中の家、のような場所をイメージしているらしいとわかりました。

とはいえ、一生住むつもりでほんの4年前に新築したばかりの我が家。移住する気はありません。高校生になったら夏休みに山小屋で泊まり込みのアルバイトしてみる?とか、大人になったら好きなところに住むといいよ、とかそんな話をして終わらせた気がします。

そんな出来事をなんの気なく夫に話したところ、ある日彼が「田舎暮らしできるところがあるぞ。お山の学校を見に行こう」と、旅行の計画を立ててきたのです。山村留学、についてはたまに学校からも案内のお手紙をもらっていたので、そういう制度があること自体は知っていました。でも、つむちゃんの「田舎に住みたい」のイメージと山村留学は、私の中でつながっていませんでした。


小さい頃から家族で山に登ったりして自然には親しんでいたものの、普段は根っからのインドア派で、家にいるときはおもに本を読んでいるかパソコンでYouTubeを見ているか、折り紙や工作をしているか、ピアノを弾いているか。お出かけや旅行をしても「早くお家に帰りたい」が口癖の次女。頑張っている習い事もあるし、楽しみにしている学校行事もあるし、学校の友達もいるし、なにより小学五年生で家族と離れて寮生活?まさかねえ。

夫が根っからの僻地好きで、家族旅行でいつも僻地にばかり連れて行かれていたので、徳島の山奥と聞いて「子どもにかこつけて自分が遊びに行きたいだけでしょ…」と思っていました(半分はその通りだったのですが)

旅行の当日(12月)、どこまで連れて行かれるのかよくわからないま山道を延々登る車に乗って、木頭の中心集落に着きました。そこで山村留学センター結遊館のゲンバさんと合流し、木頭小学校へ。車から降りた瞬間、子どもたちの目が輝き、私も「わあー」と思わず声が出ました。神社の鳥居の両脇に、大きな大きな二本の杉の木。樹齢何百年なんだろう。見渡す限り緑の山々。トトロが住んでいそう。その中に新しくてこぢんまりとした綺麗な校舎。

休日のため中には入れませんでしたが、入り口からのぞくと、内装にふんだんに木が使われた、暖かみのある雰囲気の校舎でした。つむちゃんはかなり気に入った様子。

その後、さらに山道を車で登って、「おららの炭小屋」や、山村留学生が暮らす寮である「結遊館」へ。工作ができそうないろいろな素材や道具、それに豊かな自然。結遊館は古い郵便局を改装した建物で、昔ながらのガラガラと音をたてる木製サッシの窓。冬はだいぶ寒そうだけど、二段ベッドや学習机のある子供部屋があり、本も沢山あってなかなか面白そう。

「見にいくだけ」だったはずが、「かなり面白そう」「行って見たいかも」に変わり、そこから、山村留学すべきかどうか悩む日々に突入するのでした。

 

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おららの炭小屋